NANIMONO社員インタビュー
Motonori
Nagaseki
- PROFILE
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永関 元紀
北海道支店
2008年入社
商学部 企業法学科 卒
入社後、分譲マンションの業務フローを一気通貫で担当し、2012年より商業施設営業部でテナントリーシングに携わる。2017年、生活産業不動産業務企画部へと移り、株式会社サマリーに出資を実行。これを機に2019年から2年間同社に出向し、2021年より現職。
※所属部署・掲載内容は取材当時のものです
NANIMONO社員インタビュー
Motonori
Nagaseki
永関 元紀
北海道支店
2008年入社
商学部 企業法学科 卒
入社後、分譲マンションの業務フローを一気通貫で担当し、2012年より商業施設営業部でテナントリーシングに携わる。2017年、生活産業不動産業務企画部へと移り、株式会社サマリーに出資を実行。これを機に2019年から2年間同社に出向し、2021年より現職。
※所属部署・掲載内容は取材当時のものです
入社した2008年はリーマンショックが起きた年で、工事着工予定の物件が着工を見合わせたり、販売を中断したりと、厳しいマーケット環境下にありました。それでも翌2009年、「いまが用地の仕込みどき」と積極的に新規用地取得の検討を行い、同年秋に入社して初めて1件目の用地取得に至りました。その後も年度内に追加で別途2件、用地取得が決まり、2010年3月に2物件の土地の契約・引渡となりました。
ところが、そのタイミングで一緒に担当してきた先輩の地方転勤が決まり、土地の契約・引渡をほぼ一人で行うことに。入社してからの2年間で、自分でできることも確実に増え、少しずつ自信もつけながら仕事をしていましたが、一連の業務を一人で担当するなかで、自分がいかに先輩に助けられてきたかを痛感。以来、これまで以上に仕事を自分事と捉え、一つ一つの理解を深めながら仕事を推進するようになり、自分の意識変革という点で転機となりました。
とある商業施設において、コンセプトの企画立案から携わり、施設の要となる核テナントを含む複数のテナントのリーシングを担当しました。核テナントと出店に向けた合意ができたときはひと安心しましたが、その後が大変でした。核テナントの要望を施設開発に反映させるために、開発部門とも調整が必要でしたが、双方の意見が折り合わず板挟みになることもしばしば。難航した時期は、週1回の核テナントとの打ち合わせが憂鬱な時期もありました。
しかし、得たこともたくさんありました。リーシングはともすれば、テナントを誘致するだけの仕事と捉えがちですが、テナントと一緒に施設をつくっていくのだということを実感できたこと。関係者が多くいるなかで、テナントの視点、開発の視点、それぞれの全体最適を追求しながら仕事を進めたこと。この経験は、その後の糧となりました。
この部署は当時の生活産業不動産グループのバックオフィスみたいな位置付けで、自ら開発や営業を行う部署ではなく、事業部をサポートする「縁の下の力持ち」のような部署でした。ところが、あるとき担当役員から「当部で新事業を検討せよ」との指令が発せられ、先輩3人と取り組むことに。様々な検討・調査を進めるなかで、業界として成長著しい「ストレージサービス」に関心を抱きました。
その後、検討を深度化するなかで出会ったのが、ストレージとテック技術を融合させた「サマリーポケット」を展開するスタートアップの株式会社サマリーでした。当社としてはそれまで数千万円~数億円規模のベンチャー出資は実績がありましたが、検討の結果10億円近い出資をすることに。どれもこれも手探りのなか、チーム4人+多数の関係者の力を合わせ出資実行まで進めていきました。わずか数ヶ月間の出来事でしたが、濃密で楽しい日々でした。
出向後、当初は法人営業を担当していたのですが、2年目に差しかかる頃に人事担当者が退職することとなり、「後任を採用するまで」という条件付きで、私が兼務という形で人事担当マネージャーを引き受けることになりました。その後、無事に後任が採用できひと息つけるかと思いきや、今度は物流企画マネジャーも兼務することに。とにかくすべてが即断即決。スピード感と柔軟性に富むスタートアップならではの洗礼を受けました。ですが、私も負けじと人事を担当していた2ヶ月の間に、新しい採用システムの運用を開始し、同社で初めてとなる人事評価制度やコロナ禍での各種手当などを矢継ぎ早に導入。物流企画でも、倉庫の移転拡張、新しい物流会社との提携、配送会社の再構築など、次々と改革に取り組みました。出向直前に第一子が生まれたばかりで、帰宅後は育児にも奮闘。自分の経験や能力以上の仕事と立場に身を置き、その責務を果たせたことは、かけがえのない自信と財産になりました。
自分の地元であり妻の地元でもある北海道には、いつか働いてみたいという漠然とした希望をもっていましたが、その願いがかなっての転勤となりました。本社において複数部署にまたがり行う業務を、支店では限られた人員で実行していく必要があります。このため業務範囲も幅広く、培った知識や経験を総動員して仕事ができる楽しさを感じています。一方で、入社して15年が過ぎてなお初めての仕事も多く、新しい知識・新しい経験が養われている現実に、三菱地所で働く醍醐味を再認識しています。コロナ禍を経て、世の中の働き方、価値観というものが大きく変わろうとしているなか、東京を離れ故郷で働くことは、これからの社会、これからの人生を見つめ直す機会となっています。地方で先行する社会課題。「自然」や「地方」を見直そうとする社会的気運。三菱地所なら両者を上手につなげられるはずであり、そうした役割を担えるような仕事をしたいと考えています。
異動により初めて担当する業務も多数あるなかで、各自が早期にキャッチアップし、気がついたらスペシャリストになっている。「この業務しかやらない・できない」というような人はほぼおらず、皆がそのときその立場で最大限実力を発揮し、活躍している会社です。
子どもの頃から副キャプテンを務めることが多く、キャプテンのリーダーシップを支えつつ、メンバーのフォローもしてきました。多方面から俯瞰的に物事を捉え、相手の立場に立って起こり得る事象を想像し、最適だと思える判断・行動ができる人でありたいです。ちなみに三菱地所の野球部に所属しており、数年前までキャプテンをしていたので、部員は違和感を覚えるかもしれませんが(笑)。